匿名と責任

(書いてみたらどーでもいい内容だと気づいたけれど、せっかく書いたので公開します。あ、ノリロウさんの記事は必見!)


ノリロウさんのこの記事を今さらながら読みました。
匿名と実名と私。 | norirow’s Diary

私はFacebookでは実名で、素性もかなり明かしている。でも投稿は友だちのみに公開。
Twitterでは匿名。しかも非公開アカウント(非公開なのは匿名性とは関係ない理由)。
ブログは匿名。記事は公開(そりゃそうだ)。

つまり、FacebookとTwitterは親しい人達との意見交換情報交換じゃれあい・・・の位置づけ。
で、唯一ブログはノリロウさんがテーマにした「匿名」性との関係が深い。

ノリロウさんの言っていること、わかる。
私にも、言いたいことがある。とくに教育関係については熱く語りたい。
でもやっぱり素性を明かしてこの内容のブログを書くのはちょっと躊躇します。
私自身は構わないんだけど、私の職場、家族にどんな影響(主に悪い影響)があるかが予測できません。
当たり障りのない(と自分では思う)内容でも、読み手の取りようによってはどう転ぶかわかりません。

ところで、ノリロウさんの記事を読んでひとつ心に引っかかることがあったので書いてみます。

それは、「シガラミを解き放って思うことを書き、世界を変えよう」とする匿名性(これがノリロウさんの主張だと思う)と、「相手を馬鹿呼ばわり、揶揄、こき下ろし」する匿名性の違い。

誰かが「匿名性は本性を露わにする」と書いていたけれど、そうだとすると上の態度の違いは本性の違いってことですな。
もうひとつ、その人の匿名発言が、コミュニケーションを目的としているか否かという要素もありそうだけれど、これは語弊が在りそうなのでやめておきます。

それでちょっと思い立って以下のような表を書いてみました。

実名 匿名
責任を持つ A C
責任持たない B D

A:実名で、責任を持つ

 これは当然ですね。
 私の場合、Facebookがこれ。
 友人限定ですけど。

B:実名で、責任を持たない

 言語道断ですが、こういう人、いますね。
 近所のおばちゃんで、やたらお節介をしてくるけれど結果に責任は持たないとか。
 二代目のボンボン社長で思いつきの企画を通すけれど失敗したら部下のせいとか。
 嫁の子育てをあれこれ批判するけれど自分が子どもをグレさせても知らんぷりの姑さんとか。

C:匿名で責任を持つ

 これ、SNSやブログでは大切な姿勢なんじゃないかと思います。
 間違っていたら訂正して謝る。
 批判されても逃げない。
 人を揶揄しない、批判するならきちんとする。
 などなど

D:匿名で、責任を持たない

 巨大掲示板やブログなどで炎上するパターンですね。
 Twitterでもときどき見かけます。
 興味のある話題を追っていくと、突然揶揄や言葉のつぶてが飛んでくる・・・
 たぶんこういう人はコミュニケーションなんてものを求めていないんだろうけれど。
 こういうのってなにも生み出さないだけじゃなく、当事者以外の人々まで
 暗澹たる気持ちにさせていきます。
 まあこういうのが楽しいのだという人もいますけれど。

私、このブログでのスタンスは ‘C’ でいたい。
Twitterは非公開で、個人のFacebookアカウントは友人までしか公開していませんが、ブログのコメント欄は開いていています。
Facebookではこのブログのページを開設していて、どなたでも参加することができます。
いただいたコメントにはできるだけ誠意を持って答えようとしています。
もちろん、そのコメントに反論がある場合にはきちんと反論します。それが誠意だと思うから。
それは、匿名であっても責任を持ちたいから。責任を持たなかったら自分自身を嫌いになってしまうから。
そして、私はコミュニケーションがしたいから。
よっぽど理不尽なコメントでない限り、無視するのだけは絶対にしたくないな。

ノリロウさん、全然アンサー記事になってなくてごめんなさい^^;




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Categorized: SNS, 雑記

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